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相模原市の新築マンションや分譲マンション

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相模原市のマンション・モデルルーム情報

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相模原市の地域情報

相模原市(さがみはらし)は、神奈川県北部にある首都圏業務核都市指定都市の中核市。人口規模は全国で20位、県内では横浜市、川崎市についで第3位。町田市と共に首都圏南西部の核として国から位置づけられ、都市機能の集約が図られる。 人口は約67万人で、全国第20位、神奈川県内では第3位、全国の政令指定都市及び候補市(市町村合併の結果人口が70万人を越えた市)を除くと、岡山市、熊本市に次いで全国第3位の市である。(2006年9月1日現在) 中核市昇格の面積要件(100km2)を満たさなかったため、長らく中核市指定を受けられなかったが、条件の緩和(規定人口以上による条件※面積条件免除)により、2003年4月1日に中核市に指定された。その後、2006年3月20日に津久井町と相模湖町を編入したことにより、横浜市に次ぐ神奈川県2位の面積となった。 合併前の旧相模原市の地域は、東京都心まで電車で約40分程度であり、ベッドタウン・業務核都市として発展している。
地理:
2006年3月の合併以前の旧相模原市域は、隣接する町田市との経済的、地理的、文化的関わりが深く、共に業務核都市に一つの都市として指定されている。近年、東京都心へ南部の相模大野からは最速で約40分、北部の橋本からは45分ほどで行けるその交通の利便性から、東京のベッドタウンとしての人気が高まり人口が爆発的に伸びる。特に20代、30代、50代周辺の人口が多く、市全体を活気ある雰囲気にしている。市内には相模原公園や相模原北公園をはじめとした大規模な公園が点在していることや、比較的自然な環境が近いことなどから若年世帯を中心とした人口の流入が続いている。市内に大学が多いことや、周辺都市の大学も相模原市内の駅を最寄とする場合が多く、更に多数の大学を抱える八王子市への交通が便利なため、学生の街としての顔も併せ持つ。また、市内には宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究本部相模原キャンパス(開所時は宇宙科学研究所)があり、日本の宇宙科学の研究拠点として知られる。 また新たに編入された2町のうち、津久井町は橋本駅を最寄り駅として利用しており、国道413号(津久井街道)を介して相模原市中心部との結びつきがあるのに対し、相模湖町は相模原市中心部よりも、JR中央本線や国道20号(甲州街道)を介して、八王子市との結びつきの方が強い。
地形:
相模川左岸の相模原台地上に位置する平坦な東部・旧相模原市域と、南の丹沢山地と北の高尾山・陣馬山などの間に広がる山地を相模川などが刻み、河岸段丘上にわずかな平坦面が散在する西部・津久井地域とに分けることができる。ただし、津久井地域のうち城山町東部は地形的に連続する旧相模原市域と合わせて相模原台地の一部として理解するのが適当である。
相模原台地:
相模原台地は相模川が作った扇状地が隆起して形成された洪積台地である。西側の相模川に沿って、気候変動や海水面の変化によって形成された河岸段丘が発達している。 大きく3段に分けられる段丘面のうちでは上段(相模原面)が最も広く、旧市域の半分以上を占め、城山町東部の大半もこの段丘面上に広がる。城山町川尻の川尻八幡宮付近の標高約180mを最高点に南東へ向かって徐々に高度を下げ、橋本6丁目の神明大神宮付近で約140m、東大沼2丁目の大沼神社付近で約100m、相南3丁目の東海大学付属相模高等学校付近で約85mとなり、南の大和市や座間市に続く。段丘面上は平坦ではあるが水に乏しく、利用が進まずに原野が広がっていた。相模原または相模野とは、主にこの原野について呼んだものである。江戸時代以降に行われた新田開発によって畑と雑木林の広がる景観となった。日中戦争下、1930年代に軍事施設(当市域では主に陸軍)が相次いで進出し、北部では軍都計画と呼ばれる大規模な都市計画に基づく区画整理事業が行われた。1945年の敗戦によって都市建設は中断したが、1960年代以降急速な都市化が進行した。現在では旧軍都計画区域を中心とする北半部および南東部の小田急線沿線はほぼ完全に市街化しているが、南西部の麻溝台・新磯野地区には農地が広がっている。なお、旧軍施設の中には戦後米軍に接収されたものも多く、現在も返還されていない区域が旧相模原市域の面積の約5%を占める。 城山町久保沢から下九沢、上溝を経て下溝まで上段と中段(田名原面)の境をなす段丘崖は「横山」と呼ばれる。「ハケ」とも呼ばれる段丘崖の湧水を水源に鳩川、姥川、道保川が段丘崖に並行して南東へ流れるが、これはかつて相模川がこの堆積面上を流れていたときの流路跡であると考えられている。 下段(陽原[みなばら]面)は3段の中では最も面積が狭く、主に田名地区内の一部(陽原・望地・塩田)を占める。 これらの段丘面の下に現在の相模川による沖積低地が形成されているが田名よりも上流側では幅が狭く、川が南へ向きを変える当麻から磯部よりも下流側でようやく広がりを見せる。田名の望地河原や当麻、磯部地区が当市域内では数少ない水田地帯となっている一方、上流側の小倉橋、大島河原から水郷田名(田名久所[ぐぞ]地区)にかけての区域は大正期から風光明媚な景勝地として知られている。 当市域の北から東にかけて東京都町田市との境界となっている境川は多摩丘陵を刻む小河谷である「ヤト」(谷戸)や、鳩川などと同じくハケの湧水を水源としているが、これも元の相模川の流路であったと考えられている。以前は激しく蛇行していたために、わずかの大雨ですぐに洪水を起こす川だった。そのために戦後徐々に河川改修が進められて橋本付近より下流では川幅が広げられて流路も直線化された。しかし蛇行していた旧流路によって定められていた都県境の変更は、特に町田市との間でほとんど進まず、相互に「川向こうの飛地」を多く抱えている。
津久井地域:
津久井地域は、相模原台地の北西端を占める城山町東部を除くと、ほぼ全域を南を丹沢山地、北を秩父山地に連なる山地が占め、両山地の境界をなす相模川と、道志川をはじめとするその支流沿いに河岸段丘が散在するのみの平地の少ない地域である。 道志川の南側、津久井町南西部の青根、青野原、鳥屋(とや)地区は、丹沢山地の北部によって占められ、大室山から同山地最高峰の蛭ヶ岳を経て丹沢山に連なる主稜線で南の足柄上郡山北町と境を接する。また、主脈と呼ばれる蛭ヶ岳から焼山へ至る稜線は北西側の道志川流域と南東側の中津川支流の早戸川流域(いずれも相模川水系)を分ける尾根となっている。標高は低いながらも険しい壮年期の山地であり、平坦地は道志川南岸の高位に散在する狭小な河岸段丘と、串川上流にわずかに伸びる谷底平野が分布するのみである。前者の河岸段丘群を貫通する国道413号に沿って青根、青野原の集落が、後者の谷底平野に鳥屋の集落とわずかな耕地が分布する外は山林に覆われている。 深い谷をうがち谷底平野をほとんど持たない道志川の北側では、石老山、石砂山を経て山梨県上野原市と道志村の境をなす尾根筋が大きく道志川の側に偏って伸び、北の相模川の河谷へ向かって徐々に高度を下げる丘陵によって占められる。藤野町南部の牧野(まぎの)地区の集落はこの主に丘陵地の緩斜面に散在する。西に隣接する上野原市秋山地区からは秋山川が流入し、藤野町の日連(ひづれ)大橋付近で相模川に合流する。 一方、相模川の北側では和田峠、陣馬山、景信山、小仏峠、城山(小仏城山)、大垂水峠と連なる尾根筋によって北の東京都八王子市および檜原村と境を接し、西隣の山梨県(上野原市)との境界をなして南流する境川と東側の沢井川のつくる河谷に藤野町北部の佐野川、沢井の集落が分布する。 これらの山地の間を東西に貫流するのが相模川である。一般に山梨県内では「桂川」と呼ばれ、神奈川県に入って「相模川」と呼ばれるようになるとされているが、相模湖町では北岸の与瀬、小原(おばら)両地区を合わせて「桂北地区」と呼んだり、さらに下流側の千木良、若柳地区間に架かる橋を「桂橋」と呼んでいる例も見られる。上流の上野原市から藤野町、相模湖町、津久井町、城山町西部では、相模川に沿って下流の相模原台地と同時期に形成された数段の河岸段丘が発達している。この平坦面を連ねて甲州街道(国道20号)、JR中央本線、中央自動車道が通過し、東京(江戸)と甲信地方を結ぶ重要な交通路となっている。 津久井町北東部では相模川南岸に比較的面積の広い段丘面が広がり、この段丘上に位置する中野地区は津久井地域の主邑として行政の中心となっている。焼山から道志川・相模川と串川に挟まれて伸びる尾根筋の末端の城山は相模川を隔てて相模国中央部の広大な平坦地を見下ろす要害の地に位置し、鎌倉時代に三浦氏支族の津久井氏によって築城されたことからこの名がある。 段丘上の平坦地に対して相模川の谷底の平坦地(谷底平野)の発達は悪い。この地形を利用して1947年に相模ダムが、また1965年には城山ダムが建設され、それぞれのダムによる人造湖として相模湖および津久井湖が形成された。道志川には1955年に道志ダム(奥相模湖)が建設され、また2000年に完成した中津川の宮ヶ瀬ダムのダム湖(宮ヶ瀬湖)の一部は津久井町にかかっている。これらのダム湖、および城山町北部のヤト(谷戸)の奥に本沢ダムを築いて津久井湖から汲み上げた水を貯めて作られた城山湖との間は導水路で結ばれ、一体的な水資源管理が行われている。

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