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金沢市の新築マンション/分譲マンション

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金沢市の地域情報

金沢市(かなざわし)は、北陸地方の西部、石川県のほぼ中央に位置する都市で、同県の県庁所在地である。旧石川郡・河北郡。 江戸時代に、大名の中でも最大の石高を誇り、「加賀百万石」と称された加賀藩の城下町として盛えた。現在でも、親不知以西の北陸地方では最大の都市で、観光都市としても知られる。 観光地でも、日本三名園の一つである兼六園が有名。雪景色の風情は有名だが、平野部は日本海側にしては積雪が少なめである。代表的な郷土料理は治部煮。毎年6月中旬の週末には、加賀藩の藩祖・前田利家の金沢入城に因んだ金沢百万石まつりが開催される。 第二次世界大戦時に戦災を受けなかった事から、中心市街地は戦前の面影をそのままに残している。又、金沢以外で戦災を受けなかった比較的規模の大きい城下町には、旧松本市 などがある。 都市圏規模は、20%通勤通学圏で約70万人。10%通勤通学圏で約80万人。商圏規模は半径50km圏で約120万人とされる。 金沢市は合併による政令指定都市を目指しているものの、周辺市町村から拒否され進展していない。
地形:
南東部は山地で、奈良岳(1644m)を筆頭に、大門山(1572m)、医王山(いおうぜん、939m)など市域の中でも高い山はこの部分にある。北西部は金沢平野であり、山地から犀川、浅野川、金腐川(かなくさりがわ)、森下川(もりもとがわ)などが流れる。犀川は日本海へ直接流れるが、他の川は河北潟へ流れ、大野川を経由して日本海へ注ぐ。海岸部は砂丘となっており、河口部分は北向きに曲がっている。犀川上流には犀川ダムや内川ダムがあり、上水道・灌漑などに利用されている。 また、山地でも平野に近い部分は丘陵地となり、戸室山(548m)、キゴ山(546m)、野田山(175m)、卯辰山(141m)などが市民に親しまれている。犀川と浅野川は平行して流れ、その間の河岸段丘が小立野台地である。小立野台地の先端部分に金沢城、および兼六園がある。また、犀川の南部は寺町台地となっている。
気候:
日本海側気候で、冬には積雪する。春や夏は好天が多く、フェーン現象がよく起きる。8月下旬には最高気温が35℃を越えることもしばしばである。梅雨の影響は太平洋側と比較して少ない。秋は台風の影響は少ないが、曇り空が多くなる。11月末から12月にかけて、雷がよく起きることも特色である。 湿度が高く、伝統工芸の金箔製造に適している。
歴史:
「金沢」という都市名は、昔、芋掘藤五郎が山芋を洗っていたらそこから砂金が出たため、「金洗いの沢」と呼ばれたという伝説による。「金洗いの沢」は、兼六園内の金沢神社の隣りにあり、現在は「金城霊沢」と呼ばれている。 戦国時代の一向一揆で本願寺の拠点が置かれた尾山御坊(金沢御坊)と、その周辺の寺内町を起源とする。織田信長配下の佐久間盛政が尾山御坊を攻め落とし、その地の尾山城(現在の金沢城)を改築し、後に前田利家が居城としてから、加賀百万石の城下町として繁盛した。 前田氏は、参勤交代の時、約二千人の家来を従え、片道で約七億円(現在に換算して)をかけて江戸との間を行き来し、その権勢を誇った。金沢は、江戸時代に三都(江戸、大坂、京)に次ぐ日本第四位の人口(約十万人)を擁する大都市として発展し、美術工芸など現在に受け継がれる都市文化が花開いた。 加賀藩は保守的な雰囲気が強く、幕末の風雲ではさしたる活動をしなかった。廃藩置県の後、加賀藩は霞のように消えてしまう。それが一因となり金沢周辺は維新後の近代化に遅れることになる。 明治時代に入ると、士族や商人を中心に人口の著しい減少が続き、1876年には名古屋市に抜かれ、全国第五位の人口9万7654人となった。1889年に市制が施行され、又、旧制第四高等学校(金沢大学の前身)や陸軍第九師団が置かれ、学都や軍都として栄え、人口も漸く増加に転じた。 しかし、勃興して来た国際貿易港の神戸市や横浜市や函館市などに抜かれ、1920年には人口12万9265人を擁したが、国内十一番目の都市となった。 金沢は近代化に遅れたことなどもあって、太平洋戦争の戦禍をまぬがれた。(一説には爆撃機の航続距離の関係とも言われる。)このため経済発展は遅れたものの、江戸時代の風が豊かに残る貴重な都市となった。

出展:wikipedia

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